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日々ゆる考

書きたいことを書きたいときに書く雑記帳。

親への感謝と親からの感謝。

先日、偶然ではあるがとあるコンサートのチケットを入手する機会があった。

私はあまり興味がなく親に聞いてみたら

行ってみたいとのことだったのでそのままチケットを手配して送った。

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その親からコンサートの感想を聞いたら

「感動した。本当にありがとう」

との言葉をもらった。

 

普段生活してる上で聞くような軽い感謝ではなく

真剣な意思の伝わってきた感謝だった。

 

思えばここ数年、親に日常生活以外で感謝されるようなことを

してあげてないと気づいた。

 

勿論実家にいるときは手伝いなんかするし

家業の手伝いをしに実家に帰ったりもしていた。

 

しかし、それらの手伝いは結局自分に恩恵が帰ってくるものだったからだ。

感謝の言葉を言われても

「自分のためでもあるから当然だ」

という意識しかなかった。

 

それが、今回のコンサートでは

私がしたことと言えばチケットの入手がくらいで

片手間で出来たものであったが自分に恩恵があるものではなかった。

 

そうなると、感謝の言葉を言われたときに

自分への恩恵という言い訳が使えなくなってしまい

純粋に親のためという意図にしか見えなくなってしまったから

無性に恥ずかしかった。

恥ずかしかったが親孝行を少しでも出来たならという嬉しさもあった。

 

これから社会人になって私が年を取るたび、

親の年齢も平均寿命に近づいていくし、病気や事故にあってしまったら

それこそ直ぐに別れが来るかもしれない。

 

これまで育ててきてもらった感謝を、

そのまま言葉にするのは恥ずかしいので

こういった形やもの、態度で伝えていけたらいいなと思った。

 

とりあえず初任給が入ったら何か送ってあげようと思う。

親が生きているうちに

親からの感謝を受け取れるように

自分の感謝を形に変えて。